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#9 小菅 直人選手 引退のご報告

 

 #9 小菅 直人選手が2015−2016シーズンをもって現役を引退する事をご報告致します。bjリーグと共にプロ生活を歩んできた小菅選手は、bjリーグ終了と同時にそのプロバスケットボール選手生活に終止符を打つ事になりました。キングスの一員として共に戦い、共にリーグ優勝を勝ち取れた事を誇りに思います。

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#9 小菅 直人(こすげ なおと)

1982年3月5日 生まれ
身長:187cm
体重:80kg
新潟県 柏崎市出身

・経歴
柏崎市立東中学校
柏崎工業高校
近畿大学
新潟アルビレックスBB(04〜10)
琉球ゴールデンキングス(10〜16)

・個人受賞
07-08 オールスターMVP
10-11 3月 月間MVP

・チーム優勝3回
11-12、13-14、15-16 (琉球ゴールデンキングス)

 

<小菅直人選手からのメッセージ>

この度引退する事を決めました。

 新潟アルビレックスBBで6年、琉球ゴールデンキングスで6年と12年もの間プロとしてプレーさせてもらえたのは両チームに関わる全てのスタッフの皆さん、コーチ、トレーナー、選手、そしてブースター、ファンのみなさんのお陰でした。
 更には家族や友人の支えがあってのプロバスケットボールプレイヤー小菅直人でした。新潟時代ではダメ元で受けたトライアウトに合格させてもらい、スーパーリーグ(NBLの前々身のリーグ)の舞台に立たせてもらう事が出来ました。日本代表クラスの選手達を直に肌で感じる事の出来る素晴らしい経験をルーキー時代にさせてもらい、翌年から始まったbjリーグで戦って行く上での良い自信をつけることが出来ました。

 新潟ではbj初年度にfinalまで進めましたが、優勝する事は出来ませんでした。その後のシーズンでは、チーム内に自分の仕事を見つけ出せなくなってしまい、自分自身の成長と自分自身の仕事を見つけ出すべくFA権を行使しました。なんの数字も結果も出せてなかった為、自分から動かないと次のチームは決まらないと分かっていたので、直ぐにでも気になるチームに連絡を取ろうと思っていました。ところが交渉解禁日に日付けが変わって一番に声をかけてもらえたのがキングスでした。その時点ですでにキングスに決めました。こんな自分に1番に声をかけてくれた・・・その気持ちだけで十分でした。
 木村社長、そして当時のHCの桶谷さんの御二方からのお電話は今でも忘れません。あの電話のお陰で沖縄に来る事が出来ましたし、3度も頂点に立つ事が出来ました。

1年目は湿気と暑さでバテバテだった。
2年目で自身初優勝を果たせた。
3年目は有明行けず悔しい年だった。
4年目に2回目の頂点を制する事が出来た。
5年目は自分自身の甘さを痛感した年だった。
6年目はbj最終年に最多優勝を奪い取る事が出来た。

 年々個人よりもチームの勝利をより欲する様になっていった。キャリア最後の昨シーズン、試合にはほぼ出れなかった。でもチームは優勝した。それで良かった。優勝して引退。自分の描いたシナリオ通り。最高の仲間達のお陰でシナリオが完成した!感謝あるのみ!

 9歳から始めたバスケットボール。プロになれるなんて夢のまた夢でした。12年間も続けられた事、応援していただいた全ての方々に心より感謝いたします。琉球ゴールデンキングスのより一層の発展・活躍とこれから始まるBリーグが野球、サッカー以上の盛り上がりを見せてくれる事を楽しみにしています。
 12年間本当にお世話になりました。ありがとうバスケットボール。

 

<球団コメント>

 6年間の在籍期間中は、異なる役割を求められながらもチームの勝利を常に念頭に置きながら、キングスに貢献してくれました。優勝することの難しさと悦び、道半ばで敗れ去ることの辛さの両方を共に経験してきた小菅選手がチームを去ることは寂しい限りですが、その功績に感謝と敬意を表したいと思います。
 引退するという決意を小菅選手から聞かされた時、最後のシーズンを戦い抜いたという清々しさに満ち溢れていました。小菅選手の第二の人生が充実したものとなることを心から願っております。